Qualities of ナスノ

Grad student of History and Philosophy of Science, Bachelor of Public Health with emphasis on Bioethics. 医療とか情報にまつわる制度。情報の哲学を趣味にする。http://komad.tokyo/ は社会貢献

感染症の歴史を1から学ぶための本の紹介

ペスト、新型コロナウイルスからマラリア等の寄生虫、コレラ、都市計画、ワクチンまで幅広く

公衆衛生史を研究していると、昨今の新型コロナウイルスの状況を鑑みて、友人等からコメントや教えを求められることも多いです。僕が感染症の歴史について勉強していく上で参考にした文献を紹介いたします。

僕が大学院で専門としているのは、公衆衛生史の中でもとくに20世紀,21世紀の医療情報学(の科学技術社会論)なので、感染症の歴史はあまりメインではないです。アメリカのBioSense等の議論で感染症を扱わないことはないのですが。
https://sites.google.com/view/fnasuno/

高校生、大学生が感染症関係・新型コロナ関係でレポートを書く時の参考や夏休みのお供にしてもらえるといいかなと思っています。


はじめに読むと良いもの

1.世界史の観点から

石 弘之, 感染症の世界史

朝日新聞のジャーナリストと東大の国際環境学の教授を歴任された方による、感染症の世界史を通じて現代にまでつながる問題を認識する著作です。感染症と人類の歴史というと「勝利主義的」な、人類学がウイルスに勝利する、という物語が語られがちですが、本著は意識的そういった事例を避けて、ウイルスと人間の共生という環境学的なテーマから書かれています。

サンドラ・ヘンペル, ビジュアル パンデミック・マップ 伝染病の起源・拡大・根絶の歴史

ナショナルジオグラフィックから発売された、いわば図解 感染症の歴史です。インフルや天然痘などの空気感染症、コレラなどの水系感染症、マラリアなどの動物由来感染症、HIV や梅毒といったヒト-ヒト感染症という分類に基づいて、重要どころの感染症を中心に、その病気に関するデータや写真、歴史的な変遷をまとめた一冊です。ぜひ家に1冊。

2.日本史の観点から

飯島 渉, 歴史総合パートナーズ 4 感染症と私たちの歴史・これから

日本史には大仏建立の理由や偉人の死因など、たびたび「病い」「疫病」が登場しますが、意外とそれについて掘り下げられることはありません。本著はその隙間を埋める1冊です。日本史は身近な方も多いので、読みやすいのではないでしょうか。

いずれも高校レベルの歴史、生物学・医学の知識があれば読めるようになっている入門書・一般書になります。とくに飯島先生の文献は、高校の日本史の授業の副読本として作られたものです。

歴史のなかではたびたび疫病が現れたり、現代社会でも定期的に新型インフルエンザのようなことが問題になったりします。ここではじめに紹介した文献は、感染症に関する教養を身につけるだけでなく、感染症に対する視座を”歴史化”するために役立つものだと思います。


少し踏み込んだ知識~レポートなどの参考に~

1.歴史家による、ある感染症に着目したエピソード

村上陽一郎, ペスト大流行: ヨーロッパ中世の崩壊

14世紀ヨーロッパにとって大きな衝撃となった「黒死病」の大流行と、その多大なる影響を描いた一冊です。古い本ですが、最近いろいろあって売れたようです。

アルフレッド・W・クロスビー, 史上最悪のインフルエンザーー忘れられたパンデミック

クロスビーは数量化の歴史で有名ですが、インフルエンザに関する歴史書もあります。1918年のWW1とともに起きたインフルエンザの流行に関する著作。

2.感染症と人類の歴史(&日本史、世界史以外の歴史)

ウィリアム・H・マクニール, 疫病と世界史

マクニール史観とまで呼ばれることすらある、感染症の歴史に関する決定的な著作です。人類の歴史を国家や人間社会によるものだけでなく、疫病もそれを形作る大きな影響力を持つものとして世界史を描いた著作です。

飯島渉, 感染症の中国史 公衆衛生と東アジア

科目的な「世界史」、「日本史」という区分だけではグローバルな歴史について十分に語りきれるとは言えません。飯島先生のこの中国史の著作は、そういった意味で読む価値のある著作です。

加藤 茂孝, 人類と感染症の歴史 & 続・人類と感染症の歴史 新たな恐怖に備える

国立感染症研究所やCDCにいらした加藤先生による、ウイルス学者の視点からの歴史をふまえた概説書です。先述のナショジオの「パンデミック・マップ」を補完する、さらに詳しいものになります。「続」に含まれる実際にCDCにいらした時に、SARSをめぐってどのように動いたのか、緊張感のあるドキュメンタリーが読み応えがあります。

学術書ではないけどおもしろい本

1.小説(フィクション含む)

コニー・ウィリス, ドゥームズデイブック

感染症の勉強には全然ならないのですが、本当に面白くて大好きなSFシリーズなのでおすすめします。タイムトラベル実用化後のオックスフォードの歴史学科の学生が、ペスト時代のヨーロッパに現”時”調査に向かう物語です。ペストや破傷風など、様々な感染症が物語を彩るアクターとして登場します。

川端裕人, エピデミック

科学フィクション(SFではない)の名手であり、科学コミュニケーション的・教育的にも重要な著作を多数書かれている川端裕人さんによるフィールド疫学者を主人公にした感染症もの小説です。古典的な感染症パニックもの×ハウダニット型探偵もののプロットを意識しつつも、感染症研究者及び疫学者への入念な取材にもとづいた医学・医療現場・行政・メディアのリアリティーある転回から目が離せない素晴らしい小説です。あとがきを読むと、取材に協力してくださった疫学者・ウイルス学者の皆様が、新型コロナウイルス対策の中心的な役割を果たしてくださっていることに気づきます。コニー・ウィリスのSFとは一変して、こちらは感染症や疫学を勉強するまえの導入としても最適です。

関連する分野の概説書・入門書

1.国際保健(グローバルヘルス)・公衆衛生と感染症

ピーター ・J・ ホッテズ, 顧みられない熱帯病: グローバルヘルスへの挑戦

感染症は熱帯地域に限定された問題や歴史的に過ぎていった過去の問題ではなく、現在進行系で公衆衛生・グローバルヘルスにおいて重大な問題です。本著は、長崎大の北先生やGHITスリングスビーさんなどによる、その問題を理解するための一冊です。

詫摩 佳代, 人類と病-国際政治から見る感染症と健康格差

最近でた本で僕はまだ読んでいないのですが、読んだ友人曰く勉強になったとのことでした。WHOは天然痘、ポリオ、マラリアと根絶・対策プログラムを世界的に手動しており、当然それは医療の問題であると同時に国際政治の問題となります。

2.医学史/医療史と公衆衛生

ウィリアム・バイナム, 医学の歴史 (サイエンス・パレット)

医学の歴史の中でも感染症は超重要キャラなので何度も登場します。とくにジョン・スノウによるコレラの感染メカニズムがわからない中での対策の様子や、ゼンメルワイスとリスターの手指消毒の話は新型コロナウイルス感染に関するウェブ記事でも何度も触れられた有名エピソードです。詳しくは本著に「都市の医学」や「コミュニティの医学」という観点から貧困の話や都市計画の話と交えて説明されています。

感染症史に関係する専門書(やや難しい)

見市雅俊ら, 疾病・開発・帝国医療―アジアにおける病気と医療の歴史学

日本や台湾におけるマラリア対策史や、伝染病研究における寄生虫の位置付けと日台関係等が大変に興味深かったです。

見市雅俊, コレラの世界史

感染症と法の社会史 — 病がつくる社会

法哲学会奨励賞を受賞した著作です。(ちゃんと読んでません……読まなくてわ……)

Bruce M. S. Campbell , The Great Transition: Climate, Disease And Society In The Late Medieval World

僕も流し読みしかしていないのですが、かんたんに言えば村上陽一郎先生の著作にもある14世紀黒死病の流行をケースに、石先生のような環境学的なウイルスと人間の共生という視点をさらに発展させ、経済・自然環境・生物環境の複合体の歴史を、極めて実証的な方法で歴史研究した1冊であると言えます。極めて実証的とはどういうことかと言うと、環境史や分子生物学の手法を駆使しながら歴史に迫るということです。手法としては日本語による歴史研究に間違いなく入ってくると思うのですが、日本語訳がでるかどうかはこの分野(中世ヨーロッパ・ユーラシア大陸史)に詳しくないのでわかりません。

いつもどおりにエンジョイできるような夏休みにはならないとは思いますが、その代わりに充実した読書時間・勉強時間を過ごせることを願います。

どの本も値段以上の価値があるものばかりです。せっかくなのでこの機会にどうでしょうか。


サムネイル用に表紙まとめた画像